Life is Live

間慎一は、ホンマに熱い男である。
体温が他人よりも高い、という意味ではない。
彼の性格を端的に、分かりやすく説明すると
「熱い」という表現が一番最初に思いつく。
熱い男とは?
性格を温度で表現するのは、考えてみればロマンチックな方法である。
熱はエネルギー。人の心を動かす原動力となる。
強い意志を持ち、情熱的で、何時でも真っ向勝負。
仲間がピンチであれば、たとえ自分が不利になっても全力で助ける。
人を鼓舞できる、人を惹きつける、人を巻き込む事ができる、
エネルギー溢れる男、それが本間である。

「汗が流れる。
ここに生きてる証明ですな。
なにもマイクを持った時だけが本番じゃないんです。
人前に立った時だけが本番じゃないんです。


テレビを横目にソファでぐだぐだ。
携帯を片手にネットサーフィン。
パソコンを前にエロ動画。
Youtube、SNS、何してようが。
俺たちは今生きてる。ライブしてる。
人生が本番である。
つまり、今ここが本番ど真ん中。
生きている=本番でOK。
ライブするとね、熱を感じるんです。
私の熱、皆さんの熱。
熱はエネルギーです。
この熱を大事にしていきましょうよ」

拍手が起こる。
会場が割れんばかりの拍手だ。

青草は今、ホールにいる。
本間の講演を聞きに来たのである。
タイトルは「本番、ど真ん中」
生きる事は苦しい事。でも楽しい事。
内容は、どこにでもあるような
本当に正直で真っ当なものであったが、
話し手が違うとこうも盛り上がるのか、という程に会場は沸いていた。
本間の口から出た言葉だから、
汗水垂らして真摯に訴えかけた言葉だから、
盛り上がるのである。

熱い男の熱気に当てられ、青草は心を熱くした。
青草に足りないものは、山程ある。と自覚しているが、
最も不足している栄養素は、「熱」だと考えている。

冷静に装うのは得意だが、熱を生み出す力は弱い。
自身の中で完結してしまう。
自分から精力的に動く絵梨佳を見て感じた事である。
その能力を身につけることは出来ないかと考えていたら、
自然と本間に連絡をしていた。

「一度、私の講演にいらっしゃいな」

青草にとって、彼の講演への誘いは有難かった。

本間は、ホンマにホンマに熱い男である。

もう40歳だが、精神・肉体ともに漲っているのが一目でわかる。
若い頃からNPO団体の代表として活躍していて、
誰かの太陽になるというスローガンは今なお変わらない。

講演が終わった後で、少しだけ話す機会があった。
「青草くん、如何だったかな」

「太陽の存在を知りました。こんな近くにあったなんてびっくりですよ」

「はっはっは、男前な太陽だろう」

「こんなに人を鼓舞できるなんて、悔しいけど尊敬します。
超能力者ですか?」

「そんな能力要らないよ。
だって皆変わりたいって思っている人が講演に来るんだから。
頑張ろうって思わなきゃ損じゃないか。
金払ってるし」

本間は笑っていなす。

「人を変えることは出来ないよ。
人は変われる、と思わせる事だけだ」

なるほど。
一語一句の重みが違う。
心をつかむのがうまい。

「同じような悩みを抱えている人たちは沢山いるってことを
知るだけでも、人は力を得る事ができるものだよ」

「そうですね。AOの会でもそう感じましたが、改めて共通の同志がいることの心強さを感じました」

「うん。一人で生きていくこと、全てを背負い込んで生きていくことは難しい。
なんせ人生は重いからな」

「人と助け合って生きるべきだ、と。中々難しいですけどね」

「人の為になることを一日一個実行しなさい」

「人の為になること、ですか」

「任意の個人でも良い。人という大勢の概念でも良い。
自分じゃない何かに対して行う行為は、社会との関りを自然に深めてくれる。
君はwebサイトを運営しているみたいじゃないか」

「ええ、大したものじゃないですが」

「それを判断するのは君じゃない。
まずは、そのwebサイトで人の為になることをしてみなさい。
そのwebサイトを熱くしてみなさい」

「熱く・・・ですか」
青草は苦笑いをした。

「生きている実感が湧くようにね。きっと君に足りないのはライブ感だよ。
君の悩みは、「今」の欠落だ。何の為に生きるか、の鍵はそこにある」

「何の為に生きるか、を悩むのは、現状に不安を抱えているからだ。
今に満足していないから、これからを考えてしまうんだ」

本間が制作スタッフに呼ばれている。
彼は手を上げて、すぐ行くのサインを出した。

「そしてね。これは私からの取っておきの助言だ」

「君は、表現したい欲求を持っている」
本間は真面目な顔で青草に話す。

「それは存在の証明であり、ありのままの証言でもある」

「表現欲求」

「そう。今を表現することを日課にしなさい。
これは仕事とは別にね」

「はい、やってみます」

「君は熱い男だよ」
青草の肩をポンと叩いて、本間は制作スタッフの方へと歩いていった。

***

自宅に帰ってきた青草は、部屋着に着替えて、そのままベッドに仰向けになった。
まだ身体は熱を帯びている。

今を表現すること

本間の言葉が頭の中で響いている。

自分に出来る事を一つずつ思い出す。
生きている実感を毎日思い出す。

表現するということは
言葉であったり、文章であったり、
歌であったり、絵であったり、
何らかの形が必要になる。

「自分にできること・・・か」

青い鳥がこちらを見ている。

お前の目には、この世界がどう映っているのか—

青草は考える。
もし、この鳥が生きていたとしたら。
私の生活はどのように見えるのか。
この世界はどう廻っているのか。

日記でも付けてみようか。
折角の機会だ。
今を表現してみよう。

良い方向に進んでいるのか、悪い方向に進んでいるのかは分からない。
しかし、何か舞台が変わった気はする。
物の見方や考え方、姿勢諸々が正しく動いているような気がする。
加えて感謝することが増えた気がする。
不思議な事だが。
自分一人で生きていた(と勘違いしていた)頃は感謝から遠ざかっていたように思える。
今があるのは誰かのおかげ。
感謝は自分の心を確かめさせてくれる。

日記の始まりは
ありがとう、世界にしよう。

明日も皆が幸せになりますように、
と祈って部屋の電気を消した。