それな・わかる・うける・しんどろーむ

「あーーマジ最悪」

「何が―?」

「彼氏今日会えるって言ってたのに」

「会えないの?」

「今日7時から映画見る予定だったのに、無理っぽいってきたっぽい」

「萎えるねー」

「今日以外有り得ないんだけど」

「ドタキャンはないよねー」

「ほんとそれ」

急に他人の会話が耳に入ってくる時がある。
今までは何ともなかったのに、急にである。

しかも、一度会話を認識してしまうと中々耳から出て行ってくれない。
意識して聞かない様にするのだけれども、却ってより鮮明に聞こえてきてしまう。
その回路が接続されてしまうと、遮断するのにはかなりのエネルギーが必要になるようだ。

青草は今、レストランで遅めの昼食を取っている。
独りで食事する事が多いからか、
はたまた食に対する集中力が足らないせいか、
もしかして耳の性能が良すぎるのか(いや、それは無い)、
他の客の会話が耳に入りやすい。

今日もまた、後ろの席から若い声が聞こえてくる。
若い声というのは曖昧な表現だが
比較的音が高く、速く、張りがある、と捉えてほしい。
あらかじめ断っておくが、断じて盗聴ではない。
音に誘われて、たまたま聞き耳が立ってしまったのだ。

「てか明日まつエクしにいくわ」

「えーマジ?」

「マスカラいいんだけどめんどいんだよね」

「それな」

「あんたは明日何してんの?」

「明日バイト。マジしんど」

「それな」

「うちの制服可愛くないんだよね。あと先輩チョー怖いし」

「うける。どんな?」

「いちいちビクビクしなきゃいけないし。マジストレスぱない」

「いいよって感じじゃない?」

「わかる。だからもう無だよ無。オートで仕事してる」

「怒られた?」

「怒られたってか、ちょっと話したり手際悪かったりするとガンガンくる。
申し訳ございませんって言ったら、そういう事じゃないとかマジうざい」

「ちゃんと敬語なのに?」

「酷くない?頭おかしいでしょ」

「マジ糞じゃん」

「何なんあいつマジ。怖くない?
ちゃんとやってたんだよ、こっちは。別にクレーム貰ったわけじゃないし。
は?って感じ」

「女?」

「女。店長でもないのに意味わかんなくない?」

「鬼だるいね」

「友達来てもなんもサービスできないし」

「そういや最近同じクラスのやつと全然喋ってない」

「あーうちも喋ってないわ」

「ゆうなとか最近喋んなくない?」

「あ、喋んないわ。前結構遊んでたのに」

「整形気づいた?」

「え?マジ?どこ?」

「目。冬休み中やったっぽいよ」

「両目?」

「じゃね。片目だけとかないっしょ」

「たしかに。あー今度ちゃんと見とこ」

「どんくらいかかるんだろうね」

「うちの友達も埋没やってたけど4、5万くらい」

「そんなんでいけるんだ」

「でも1年くらいで戻る」

「結構周りやってんだね」

「ねーうちもやろうかな」

「どこする?」

「んー鼻とか?」

「脳みそ変えてもらったら?」

「ねー酷くない?」

「うける」

「まぁ今になって整形とかどうよって思わない?」

「あーね。てかゆうな気になってたのそこなんだ」

「意外と気にしてたんだね」

「目以外にやるとこあんだろって思わん?」

「やめとけよ」

「自然な整形とかあんだね」

「まじまじ見ないとわかんないもんだね」

「先生も何も言わなかったしね」

「言うわけないっしょ」

「ほとんど誰も気づかないとかやる意味なくない?」

「気持ち気持ち」

「これからどんどん整形してくのかな」

「思ったー。1回やったら止まらなくなるよね」

「どうする?10年後サイボーグゆうな」

「それ逆にちょっと見たくない?」

「うける。それな」

「え、待って、意味わかんないんだけど。彼氏迎えに来てくれるって」

「えー良かったじゃん。映画いけそうなん?」

「うん。このタイミングかよ、マジだる。ほんと今日ついてない」

「もう行くの?」

「うん、行くね」

「え、しんど」

ツッコみどころが多々あったのはさておき、
驚くべきは、そのテンポと展開の速さである。
ばらばらに見えるストーリーが見事に完結したのだ。

「それな・わかる・うける・しんど」

短い言葉は会話の加速装置を担う。
次から次へ、まるでマシンガンのように繰り出される。
相槌に近いのか。或いは意思表示のスタンプをペタペタと押す感覚か。
中身よりも、寧ろ音の方が大事なのかもしれない。

会話の巡りが悪くならない様に、音を常に流し続けているのだ。
彼女たちはこうして体調を整えているのだ。

これが若さによるものなのか、性別によるものなのかの判別はしにくいが、
青草は、自分の言葉の速度と展開方法を改めて考えさせられた。
そう―――

もしかしたらこれから先、今耳にしたような言葉が主流になっていくかもしれない。
あのテンポが、あのスタイルが基準になっていくのかもしれない。
時代は絶えず変化する。会話も言葉も変化する。
私たちはいつでもアンテナを張っておいた方が良い。
古い人間だからと気にしないでおくと、どんどん置いて行かれてしまう。
新しい感覚に染まらずとも、見る目だけは持っていたいものだ。

しんど。

思い立ったら吉日