ジャズの深海の中で
斜めに傾けたウイスキー。
ベースの響く重低音は重力の心地よさを感じさせる。
ピアノの無邪気な軽快さは身体を切なく微笑ませる。
此の下にじんわりと根をはりつつ、順々に熱を伝えている。
黒いカーテンが世界を優しく隠し
金色の液体に酔いしれるひととき。
頭をなでられているようで
背中をぐっと支えられているような。
漂うけれど、
孤独はない。
色んな事を思い出すけれど、泡のように消えていく。
あらゆるものがそこにはあったみたいで。
あらゆるものは始めからなかったみたいで。
疲労も痛みも悲しみも
ディスプレイに飾られたように綺麗に見える。
何処からともなく出てくる言葉。
「お疲れ様」
ジャズギターは自己表現が上手くて温かい。
奏でる指の表情がありありと浮かんでくる。
どんなに人種が違ってもこの響きは人の胸を打つだろう。
傷つけあうことはない。きっと分かり合える。
悲惨な雨だって愛することが出来よう。
流れることが、落ち着くことが
身を任せることが
心と身体に良いことを再確認する。
青い照明は大人のお洒落を知っている。
赤いドレスは色と艶を演出する。
焦げ茶色のカウンターは空間を上品にまとめ上げる。
店内は暗めなのに、その色々の映えに惹きつけられる。
独りの私にそっと光を投げかける。
私はいま何色に染まっているだろうか―――
と問いかけてみる。
まぁ頬は確実に紅色だろうけど―――
と答えてみる。
微笑みが増えるのもこの場の不思議な力か。
少し休んだらまた自分の色を探しに行こう。
と、たたずむ誰かに言い聞かせる。
さて、
鼓動が音楽を追い越す前に
この肉の器が斜めに傾いて、零れてしまう前に
おいとましようか。
マスターがにっこりとこちらを見ている。
細い目をさらに細くして。
「お疲れ様」