やる気について喋りましょう。

「私の弟はいつも家にいます」
駒津という男が口を開く。

「四六時中。ずっと寝ているらしい。
本人は鬱ではない、と言っている。病院にはまだ行っていない。
弟のやる気を出してあげたいんだが、どうすればいいんでしょう」

「やる気ってなんでしょうね」

「なぜやる気が必要なんだ?やる気がなくてもいいのでは?」

「やろうとする意志が働かなければ行動できないだろう?」

「本当か?いいや、私は違うと思う。
やる気=オンとオフのスイッチではない。行動するためのエンジンでもない。
ただ自分が行動する事を肯定し、快感を得たいがための薬程度のものだ。
学校の授業だって行事だって、やる気がなくてもやったことはあるだろう。
仕事だって決められている場合は嫌々でもできる。」

「そうですね。
でも、やれと言ったところでやらない人はどうすればいいですか?
現に動けない人がいるんです」

「それは、言い訳だよ。生死に関係があったら動くはずだ。
『動けない』という状態が成立するのは、
『動かなくてもいい、生きられる』状態だからだ。
普通、動かなきゃ死ぬだけだ。
動かなきゃ駄目な状態なのに動けない奴、ならばとっくに死んでるはず。
動きたいのに動けない、と勝手に言い訳しているだけだ。
面倒なだけだ。疲れたくないだけだ。生命力が低いだけだ」

場が静まった。

向かいの右端の席に座る、まだ名前を知らない男性だった。
彼は随分口調が強かった。

「私みたいに省エネなのかもしれないですよ。
本当に動きたくなったら動くのでは?」

青草も言葉を挟む。

「うーん、本人もこのままでいいとは思っていないようなのです。
何か力になれることはないでしょうか」

「一発ギャグで励ます」

「適当すぎません?」

「いや、駒津くんのギャグはめちゃめちゃ面白いから」

「そうなんですか?」
田辺が尋ねる。

「はい。めちゃめちゃ面白いです」
駒津は真摯な面持ちでそう言った。
青草は吹き出しそうになった。

「果たして本当にやる気の問題なのかな?」

「というと?」

「アプローチを変えたらどうだい?
行動できない原因を探そう。やる気がないから、で片付けないで。
目的やビジョンが見えていないから動くに動けないのかもしれない。
何をしたらいいのか分からない。
ニートや引きこもりは大半がそうだろう。
やる気が行動に関係してくるのは、理想やゴールが見えている場合だ。
本来、行動するのは簡単なはずだ」

「場所の問題もあるね。特にずっと家にいる状態、というのはお勧めできないね。
常にベッドや、テレビ、携帯、パソコンがある環境、
いつでも休める、いつでもゲームできる、いつでも食べられる、というのは宜しくない。
本気になるためには誘惑的な雑音がない場所がいい。
しかもいつも一緒の場所じゃないように。刺激のためにもね。
場所が悪いから行動できない、
これはやる気がないからという理由よりも具体的に思えないか?
例えば、学生の頃家より図書室や予備校の方が勉強できた覚えがあるだろう。
緊張感、というのも作戦の一つ。
空気が変わればまた違う結果になるかもしれない。
ひとつひとつ検証してみると面白いかもな」

「たしかにそうかもしれませんね。あらゆる方向性を考えてみるのですね。
ひとつひとつ検証していくなんてとても素敵です。
場所の変化についてはすぐに実行できそうですね」

「では、理想やゴールが見えていない場合、
それを探す行動はどうしたらできるのでしょう?」

「ただ生活すればいいんじゃないか?生活の中でこれだ!というものを見いだせば」

「それでは少し冷たい気がします」

「そこまで他人の人生に構ってらんないよ」

「ではまず高い好奇心を持つ。何かあったら興味を持つ。
たとえ知っているものでも興味を持て。
そして、自分の欲望はなんなのか、リストアップ。欲望に忠実にね。」

「欲望ね」

欲望。

青草が久しく忘れていた感情。

絵梨佳に会って、新しいコミュニティに参加する事になって、
少し思い出してきた。
好かれたい、とか。よく見られたい、とか。話を盛り上げたい、とか。
自我を出す欲望。突き動かす衝動。
気づけばいつの間にか閉じ込めていた感情。穢らわしいと蓋をした感情。
でもそれは生きる上で至極真っ当な、清々しい感情なのかもしれない。
そして、それは本当に些細な事で生まれるものなのだ。

「それと、やる気の正体は爆発と燃え盛る炎だ。
好奇心の瞬発力、圧倒的な集中力、覚悟、自分への自信、
好きの度合い、熱量、高体温、血流促進、
目はギラギラ、可愛い女子、誰かが見ていてくれるという希望、
他者の応援から来る責任感、可愛い女子…
と実に沢山の要素、環境、条件が関わってくる」

「あれ?可愛い女子が二回登場したような」
絵梨佳がツッコむ。

「男子足るもの、女子の力は絶大さ!
まあ、やる気をコントロールしたいならまず交感神経を操れるようにすることだな。
ドキドキするような緊張感、刺激。そして脳内麻薬を出す。
イメージね。脳内麻薬なら合法だろ?」

「脳内に他の人物の思考をトレースするのもいいね。
誰かに助言をもらう。もしあの人だったら、こうアドバイスしてくれる、とか。
こう応援してくれる、とか。誰かに成りきったっていい。
俺はいつも落ち込んでる時本間さんを思い出すよ」

と、本間の方へ人差し指を向けて言った。

「絶対落ち込まないでしょ」

「ガッハッハッ。いかにも」

皆の顔に笑みが零れる。
明るい、これだけ。
これだけで頼もしい。
これだけなのに難しい。
何処までも無償に周りを照らす存在でありたい。
太陽のように。
と、青草は感じたのであった。