青と春

AO―――

何かが起きている。この身の周りで青にまつわる何かが。
考えるには何かが足りない。いや何もかも足りてはいないか。
もどかしさが募る。

パソコンを開き、自分の運営サイトのメールボックスを見てみる。
「AOはご存知ですか?」

あれから返信は来ていない。
偶然か?いや有り得ない。
彼女の口からAOという言葉が出てきた以上、
何かが起こっている。或いは起ころうとしている?

今のところ、何の不利益も被ってはいない。しかし気味が悪い。
「青」の存在のひとつひとつに意味があるように感じる。
彼女の存在もまた怪しく感じてくる。

美人局か?それとも怪しい壺でも買わされるのか?
宗教の勧誘か?
管理人というのも気になる。
そういえば、
このマンションについても詳しく知らない。
前に住んでいた場所は立ち退きを要請された。
困っていた青草に、前の大家が諸々斡旋してくれたのだ。
私は一度不動産会社の人に会っただけ。
そこまでが妙に早かった。
最初から全てお膳建てがされていたようだった。

考えすぎか。
不思議だ。
そわそわする。
でも考えるのを止められない。
非日常がこんなに傍にあるなんて。
自分が生きる意味に迷っているのなら、
これは大きなチャンスなのかもしれない。
自分の環境を変える、
これがスイッチになるかもしれない。

***

二日ほど経った後、彼女から連絡があった。
件名に:AOの会のお知らせ:と書いてある。

「お疲れ様です。
その後、鍵は失くしていませんか?笑
先日話したサークルのお誘いです。
日時:〇月×日
場所:○○社会教育館
ご予定いかがでしょうか。お返事お待ちしてますね。」

青草はこう返した。

「先日はありがとうございました。
鍵は肌身離さず持っています。
トイレにまで持っていく勢いです笑
サークルの件、承知しました!
ところで、AOってどういう意味なんですか?」

ごく自然な流れだ。ここは少し探りを入れていくべきであろう。

「トイレはやめましょう。流しそうだから笑
実は・・・すみません、
私も詳しくは知らないのです。
運営している、といっても事務的なお手伝い程度でして。
前会長が付けた名前なのですが、その意図は分かりません。
はじまりを自発的に創る、という意味みたいです。
きっと青が好きだったんでしょう。
青は、四季の始まり「青い春」を表しますし、始まりの色と言えます。
そんな意味を込めて付けたのではないでしょうか。
青はお好きですか?」

ほう、なるほど。
明らかにはなっていないが、不気味な点はないと感じた。
彼女もよく分かっていないようだ。
その点が青草を安心させた。

「青は大好きですよ。
名字が青草ですからね、他の色に浮気は出来ません」

「そういえば青草ですもんね。私も青が大好きなんですよ」

なんだろう、この楽しさは。

先日連絡先を交換したときに、彼女の名字が春野だと知ったので、
「青と春で青春ですね」と送ろうとしたが、
我ながら気持ち悪いと、思いとどまった。

その後も何通か連絡を送りあった。
敬語は抜けない。攻めた文章は送れない。
しかし、少しでも長く続けられるように面白く返さなければならない。
メールの文章は不手際がないか何度か見直す。

この甘酸っぱさはまさに青春そのものであった。

「では、お会いできるのを楽しみにしてますね。おやすみなさい」

「こちらこそ。おやすみなさい」

心躍る、というのはこうした感情なんだろう。

青草は文面の一つ一つを見直した。
今日辿った会話の形跡を見てまた心を躍らせるのだ。
不安とかの類は何処かへ消え失せてしまった。
ただ、その日が待ち遠しくなった。

今、生きる意味を問われているのなら、
間違いなく彼女に会うためと答えるだろう。

彼女に会いたいから、私は生きる。
青が綺麗だから、私は生きる。

彼女の見る青を守りたいから、私は生きる。
なんて意味不明な言葉が浮かぶのも
踊り狂った心の見せる幻影なのかもしれない。

でも

生きる意味なんて、

もしかしたらこんなにちっぽけで
こんなにもくさくて
ささやかなものだったりして―――

何を着ていこう。

此処はびしっと決めていこうかな。
青草はここ何年か服など興味の対象外だったはずだが。

久しぶりに購入しようと、通販サイトを開いたのであった。