管理人

て、青い鳥である。
こっちを見ている。随分簡単に手に入ったものだな。

メーテルリンクが書いた青い鳥とはえらい違いがある。

あれは・・・確か幸せの青い鳥を探しに行って、
様々な冒険の末捕まえることは叶わず、
家に帰ると鳥かごに入っていた、という話だった。
結局その青い鳥は逃げてしまう。
幸せとはすぐそばにあるもの、とするのか、
はたまたすぐ逃げてしまうもの、とするのか。

此処にいる青い鳥は逃げ無さそうだ。

こっちを見ている。健気にずっと見てくる。
顔は生きているわけでもないのに可愛い。思わず微笑んでしまう。
ガラス素材自体にそのような心を感じることはないのに、
形を持った途端に意思を持っている風に感じるから不思議である。

そういえば、最近「青」と縁があるように思える。

AO、青い鳥、青い服・・・

いや、そもそも自分の苗字に青が入っているのだから当然か。
青い空、青い海・・・地球のイメージも青である。
多くの青に支えられて生きている。
もう少し感謝した方が良いかもな、と一瞬思った。
しかし、かも知れないの感情は、呼び出し音によってすぐにかき消された。

ビーッ、ビーッ

部屋の呼び出しのベルの音である。

2回ほど鳴って
続いて、乾いたノックの音が聞こえた。
声を出して応答するのをためらった。
宅配物を頼んだ覚えはない。
もし大事な郵便物であれば、郵便です、と部屋の中に声を掛けるであろう。
それがない。無言である。
とすれば何かの営業かも知れない。
しかし折角の贅沢なコーヒータイムを邪魔されたくない、と青草は思った。

青い鳥を見る。
こういう時は涼しい顔で知らんふりをかましているように見える。

コンコンっと再びドアを軽く叩く音。

仕方なくドア付近まで歩いて、小さな丸穴から外を覗いてみた。

青いワンピースを着た女性が、ドアの前に立っている。

まさか、さっきの!?

跳ね上がる心拍を抑え、もう一度よく確認してみる。

下の道路で見かけたあの女性―――

間違いない、あの青である。

何故?
迷っている時間はなかった。
気合を体に漲らせて、姿勢を整えてドアをゆっくりと開けた。

「はい、何か御用ですか?」

「あ、すみません。私、ここの管理人をしています。
先程、下の街道から見上げたところ目が合ったように感じましたので
少し御挨拶に、と伺いました」

やはりあの美女であった。月並みの美しさではない。

モデルのような、という例えも頼りない程に整った顔立ちで
艶のある色気に知的な危うさを配していた。

肌は白く滑らか。
眉毛は少し太めで力強さが見える。
二重で茶の掛かった大きな瞳は周囲を吸い込んでいくようである。
唇は薄紅色で、上下にふっくらさせている。

そこまでだ。
そこまでしか見ることが許されない。
美しさは全体像まで把握させてくれないのだ。
想像していたのよりも幾分背が高く感じられたくらいである。

と思ったのはだいぶ後の事で、
それよりも先に管理人が若い女性、というところに驚いた。
そして先刻の軽率な行動を思い出して恥ずかしくなった。

「あぁ管理人さんでしたか。それは気づかずにすみません。
ええと、青草と申します。わざわざご丁寧に来ていただいて、ほんと、
えぇありがとうございます。よろしくお願いします。」

こちらの慌てっぷりが表情から漏れないように、紳士的な対応に努めた。
結果、一体何に謝っているのかさえ分からず、しどろもどろになった。

「こちらこそ、宜しくお願いします」
と、丁寧にお辞儀をした後に、
彼女は笑顔を振りまいた。

それはすべてが完璧に計画された天使の笑みに感じられた。
青草はその計画に乗るしかなかった。
視線は彼女から反らす事を許されない。
精一杯の善意を振りまき笑顔を返す。
映画ならここでキラキラのエフェクトがかかるだろう。

「何かお困りでしたら、ご連絡ください」

ドアが閉められ、青い光は去っていった。
新鮮な艶やかな女性の匂いだけ微かに残してくれていた。

まさかあんな美女と知り合えるなんて。
青草は、これからやってくるであろう幸せに満ちた世界を想像した。
もしかしたら良い関係に、と願わずにはいられない。
それが叶わずとも、想像するだけで喜びは生産されるものだ。

「管理人さんか・・・」

青草は、彼女の名前を聞きそびれた事を思い出した。